2008年9月30日火曜日

まぼろしの邪馬台国や秋の風  塾長

まぼろしの邪馬台国や秋の風  塾長

台北の街なぎ倒し台風来  塾長

台北の街なぎ倒し台風来  塾長

茫々と芒折れ臥す秋の水   加藤 暁台

茫々と芒折れ臥す秋の水   加藤 暁台    
季題・秋の水(冷気を含んだ透明感のある水)

2008年9月29日月曜日

星一つ二つ生れし梨の花   有馬朗人

星一つ二つ生れし梨の花   有馬朗人
有馬朗人 句集「天為」より
雛の夜の水あかりせる細格子
葛城の雨脚はやし雛の夜
紅の櫛ふところに阿波遍路
光堂より一筋の雪解水
星一つ二つ生れし梨の花
吊るされし肉を師走の道標
殷ここに亡び菜の花明りかな
啄木鳥や貧しき村の砂糖菓子
夕日より濃き桜桃を竿秤
海光や海より青き種袋
長安や糸より細き冬の月
何もかも昼寝の街となりにけり
春暁やめざめは絹の道の中
春月や妃おそれし王ありき
ゆく春の金銀厚き能衣裳
金の靴一つ落ちゐし謝肉祭
たんぼぽのあまりに小さしメシア待つ

豊年の風にふくらむチマチョゴリ  黛まどか

豊年の風にふくらむチマチョゴリ  黛まどか

寝仏山を遠く見て鯊の秋  塾長


寝仏山を遠く見て鯊の秋  塾長
(ねぼとけやまをとおくみてはぜのあき)
「宍道湖の鯊釣り大会」2008,09,28
写真後方に見えるのが寝仏山
(正式名/和久羅山:わくらさん・262メートル)


2008年9月28日日曜日

アリランの知覧の海や秋の声  塾長

アリランの知覧の海や秋の声  塾長
「鹿児島 開聞岳」
 『アリラン』は、キキョウを掘る娘を歌った『トラジ』とともに、朝鮮民謡として朝鮮半島内外で最も有名なものの一つ。明るいメロディーのトラジと哀調を帯びたアリランは朝鮮民謡の代表作と言える。そのメロディーと特に一番の歌詞は民族感情のひとつであるハン(한;恨)の感情を表すともされる。
「アリラン の歌詞」
1.アリラン アリラン アラリヨアリラン
峠を越えて行く私を捨てて行かれる方は、
十里も行けずに足が痛む。
2.アリラン アリラン アラリヨアリラン
峠を越えて行く晴れ晴れとした空には星も多く、
我々の胸には夢も多い。
3.アリラン アリラン アラリヨアリラン
峠を越えて行くあそこ、あの山が白頭山だが、
冬至師走でも花ばかり咲く。

神々の帝釈天や鵙の声  塾長

神々の帝釈天や鵙の声  塾長

海鵜はギャング鯊岩穴に入る  塾長

海鵜はギャング鯊岩穴に入る  塾長

鯊釣や海鵜に怯え穴を釣る  塾長

鯊釣や海鵜に怯え穴を釣る  塾長
「宍道湖の親水護岸」

鯊の秋親水護岸歩きをり  塾長

鯊の秋親水護岸歩きをり  塾長

2008年9月27日土曜日

「だんだん」の秋の宍道湖歩きをり  塾長

「だんだん」の秋の宍道湖歩きをり  塾長
「だんだん」のロケ地 松江・宍道湖

段菊やジャーナリストの一周忌  塾長

段菊やジャーナリストの一周忌  塾長

立山の初冠雪や九月尽  塾長

初冠雪を記録した立山連峰
立山の初冠雪や九月尽  塾長

雁来紅見つめてをりぬ寺の門  塾長

雁来紅見つめてをりぬ寺の門  塾長

「だんだん」のしじみの湖や秋麗ら  塾長

「だんだん」 のしじみの湖や秋麗ら  塾長

七輪に松茸熨せて焼く時間  塾長

七輪に松茸熨せて焼く時間  塾長
「秋を感じるとき」

夢タウンの手造りおはぎ彼岸明け  塾長

夢タウンの手造りおはぎ彼岸明け  塾長
「秋を感じるとき」

食いしん坊きのこ山焼きハンバーグ  塾長

食いしん坊きのこ山焼きハンバーグ  塾長
「秋を感じるとき」

街道に栄華を残し曼珠沙華  岩間雁宕

街道に栄華を残し曼珠沙華  岩間雁宕
「安土桃山城跡にて」

ひぐらしや甲賀に老いて薬売り       吉田久子

<有馬主宰選特選句>                 (互選)
  ひぐらしや甲賀に老いて薬売り       吉田久子   5点
○ 甲賀で薬売りとして老いる人生。「甲賀」の響きが重く季語「ひぐらし」の斡旋が上手い。(和男)
○ ひぐらしの高く美しい声が薬売りの一生を昇華している。(伊予人)
○ 甲賀といえば忍者、薬売りといえば富山を連想する。忍者と薬売りの関係は非常に深いものがあり、そこに蜩を配合させた事により妙なる一句を形成している。(蟷螂子)
天為9月ネツト句会より

2008年9月26日金曜日

空の秋朱鷺放鳥の報せかな  塾長

空の秋朱鷺放鳥の報せかな  塾長

馬でゆく秋の七草ふんでゆく  長谷川素逝


 馬でゆく秋の七草ふんでゆく  長谷川素逝

季題・秋の七草

「萩、尾花(すすき)、葛(くず)の花、撫子(なでしこ)」

「女郎花(おみなえし)、藤袴(ふじばかま)、桔梗(ききょう)」

…………………………………………………………………………………

今日の詩

「どうってことない」   

     頭が白くても どうってことない 

   心と考えが若ければ 

   心の中に灯があれば 

   くちびるに歌があれば

『八十年の哲学』

サムエル・ウルマン(1840-1924)

アメリカの詩人 

   (年を取るのは悪いものではない)

2008年9月25日木曜日

夜なべして「ラジオ歳時記」四苦八苦  塾長

夜なべして「ラジオ歳時記」四苦八苦  塾長

鯊の潮どんぐり浮子のよろこべり  塾長 

鯊の潮どんぐり浮子のよろこべり  塾長 

子にうつす故里なまり衣被    石橋 秀野

子にうつす故里なまり衣被    石橋 秀野
    季題・衣被(きぬかつぎ、里芋を皮付きのまま茹でたもの・秋)

2008年9月24日水曜日

秋高し光り輝く水針魚かな  塾長

秋高し光り輝く水針魚かな  塾長

秋競馬眉間に白きハートかな  高橋裕司

秋競馬眉間に白きハートかな  高橋裕司
旭川競馬場 ラストラン

嫁ぐ娘に老いたる母の夜なべかな   中田 隆子

嫁ぐ娘に老いたる母の夜なべかな   中田 隆子

2008年9月23日火曜日

先づは自分を知ること彼岸花  塾長

稲穂と彼岸花
先づは自分を知ること彼岸花  塾長

原爆を撮る「新藤兼人」や秋の川  塾長

元安川(広島は私の街:新藤兼人/映画監督 95歳)
原爆を撮る「新藤兼人」や秋の川  塾長

曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて  野見山朱鳥

曼珠沙華散るや赤きに耐へかねて  野見山朱鳥

2008年9月22日月曜日

さやけくてブラックバスにキスをして  塾長

さやけくてブラックバスにキスをして  塾長

ダイヤモンド銜えてをりぬ穴まどひ  塾長

世界最大級の約500カラットのダイヤ
ダイヤモンド銜えてをりぬ穴まどひ  塾長

坂本龍馬、脱藩の道柿の秋  塾長


坂本龍馬、脱藩の道柿の秋  塾長

ワイパーも九月の雨は冷たくて  塾長

ワイパーも九月の雨は冷たくて  塾長

鳥渡り来て湖の幸山の幸  塾長

鳥渡り来て湖の幸山の幸  塾長

秋彼岸ひと並びをる精米機  塾長

秋彼岸ひと並びをる精米機  塾長

物いへば唇寒し秋の風   芭蕉

ナンバンギセル(南蛮煙管・思草)/物思い         
秋の風はすでに冷たく、話をするにも唇に冷気がしみる。
「なまじ物を言えば禍を招く」と、教訓的な意味合いで引用されることも多い。

見えて来る鰯の群れに村総出   石田ゆき緒

見えて来る鰯の群れに村総出  石田 ゆき緒    
季・鰯(秋)(今では見られない光景では?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「余禄   今日の名言」        
つねによい目的を見失わずに努力を続ける限り、最後には必ず救われる。    
ゲーテ『ファウスト』、ドイツの作家
(このような言葉を信じなければ今の世は生きていけない)

2008年9月21日日曜日

佐比売山昼の月あり姫紫苑  塾長

佐比売山(「さひめやま」:三瓶山「さんべさん」のこと)

山雀や添水に馴れて遊びをり  大久保橙青


山雀や添水に馴れて遊びをり  大久保橙青

小判草一万両もありぬべし   有馬朗人

夕暮れの鯊の釣果や船溜まり  塾長

夕暮れの鯊の釣果や船溜まり  塾長
(ゆうぐれのはぜのちょうかやふなだまり)

知床の松に銀山猿子かな  塾長

知床の松に銀山猿子かな  塾長

2008年9月20日土曜日

クオリオとは・・・・・・   茂木健一郎


クオリオとは、「今、ここ」で感じられて、あっという間に過ぎ去ってしまう質感である。
ラテン語で「質」や「状態」を意味するこの言葉をキーワードに、「意識は脳の中でどのように生まれているのか」を解き明かすこと、それが私の俳句のライフワークでもある。  茂木健一郎

山路来て何やらゆかしすみれ草   松尾芭蕉

山路来て何やらゆかしすみれ草   松尾芭蕉
菫程な小さき人に生れたし       夏目漱石
*夏目漱石は、芭蕉の揚句を研究してすみれの句を詠んでいますね。
「何もない」からこそ「全てがある」というところが、俳句という文学の実に宇宙的なところだ。

たかが俳句、されど俳句   塾長より

塾生の皆さんへ   塾長より
1.俳句を楽しみましょう
2.一諸に俳句を苦しみましょう
3.でも、苦しむとすごく面白いよ

塾生の皆さん下記の句をじっくりと味わってみてください。

沈丁や夜でなければ逢へぬ人  五所平之助

沈丁:沈丁花(じんちょうげ)のことです。

ミステリー:何故、沈丁花なのだろう? よく考えて見てください。

*五所平之助は、「伊豆の踊子」を制作した映画監督です。

富士山と太陽を見て秋の航   塾長

富士山と太陽を見て秋の航   塾長

澄む秋の玄室深き古代の朱   有馬朗人

澄む秋の玄室深き古代の朱   有馬朗人

山神の日の箭を得たる通草かな   寺井谷子

山神の日の箭を得たる通草かな   寺井谷子

花言葉潔白な愛の玉簾   塾長

玉簾の花

俳句を一句詠むことは・・・・・・  塾長より

                     受胎告知
俳句を一句詠むことはコンシーブ(conceive=抱く)、つまりひらめきであり受胎でもある。
一句できたということは、今あなたの想念が脳に受胎したことを意味する。
また、一句は始まりに過ぎない。その一句を起点として、もっと広い意味で「いいものが育つ」のです。
    出典 「俳句脳」ー 発想、ひらめき、美意識 茂木健一郎、黛まどか 角川書店より

古池や俳句革新木の実落つ  山本伸子

曼珠沙華
古池や不易流行曼珠沙華  塾長

2008年9月19日金曜日

昏鐘の五重の塔の子規忌かな  塾長

今日は、正岡子規の命日

天涯に風吹ゐてをり女郎花   有馬朗人

天涯に風吹ゐてをり女郎花   有馬朗人

水澄んで空気も澄んで聖書かな  塾長

水澄んで空気も澄んで聖書かな  塾長

かまきりの振り向いてみる昼の月   浅井槇平

かまきりの振り向いてみる昼の月   浅井槇平
プロカメラマンの浅井槇平句集「夜の雲」所収

俳句雑感      川井洋司

塾生各位

岩間さんの「俳句は心のバロメーター」、高橋さんの「依正不二・心のステージをレベルアップ」、塾長の「気合十連発」、拝読致しました。
岩間さんが「情感、気持、感動を三次元的に表現しなければならない」言われている「三次元的表現」に眼から鱗の心境です。心に残る俳句からは、ありありと脳裏に投影される情景、空気を震わせている響、自然に流れる時間が体感され、当に三次元的な世界に導かれます。
岩間さんが言われるように「無の心境」で素直に感動した情景が、易しい言葉で五七五に籠められたとき、名句が掘り出されるのではと思われます。

高橋さん、仏教の考え方「依正不二」ご紹介いただき有難うございます。徳の有る人の周りには人が集まる、これも「依正不二」ですね。
心のステージをレベルアップし、感性を磨き、素直に対象と向き合うことにより、自分も他人も感動させる俳句が詠めるよう、私も努力致します。
何時もの事ながら高橋さんの博学には敬服しております。

脇本塾長
新人女性の句「望月に手のうち見せて駒をはる」拝読致しました。
マンションの斜め下の運動場で小学生が運動会の予行練習をしております。素直で元気な子供の声は生命力に溢れ素晴らしいです。来週、子供達を対象にした俳句を詠んでみます。その節は添削よろしくお願い致します。                                   
                                                                    
                                        川井洋司

2008年9月18日木曜日

望月に手のうち見せて駒をはる  山本伸子

望月に手のうち見せて駒をはる  山本伸子

水澄んで弁慶蟹の立ち往生  塾長

水澄んで弁慶蟹の立ち往生  塾長

青空の広い野原や秋桜  塾長

青空の広い野原や秋桜  塾長

緋袴の巫女の箒や小鳥来る  山本伸子


緋袴の巫女の箒や小鳥来る  山本伸子

だんだんの縁の糸や居待月   塾長


だんだんの縁の糸や居待月   塾長

秋彼岸招霊木の実も真つ赤かな  塾長

秋彼岸招霊木の実も真つ赤かな  塾長

曼珠沙華はかない恋になくとかや  塾長

曼珠沙華はかない恋になくとかや  塾長

村さがり暮れ行く野辺の薄かな   与謝 蕪村

村さがり暮れ行く野辺の薄かな   与謝 蕪村

2008年9月17日水曜日

神の宮、日沈の宮のアオリイカ  塾長


日御碕海岸のグラスボートの船上より白亜の日御碕燈台を眺める

日御碕海岸で釣り人がアオリイカを釣つていた。

撮影日2008/09/17塾長

参籠の母訪ふ柿をふところに  前田圭史

参籠の母訪ふ柿をふところに  前田圭史
一畑薬師寺の句碑
句集「野梅」所収
「一句鑑賞」
参籠(さんろう):神社や寺に、ある期間こもつて祈ること。
眼の悪いお母さんが眼が早く治るように飲まず食わずで祈願している一畑薬師の母を案じて
作者がふところに母の大好物の柿を入れて母を訪ねた。
母の恩への感謝と祈りがふところの柿なのである。
親子の情愛を感ずる名句のひとつである。
お母さんは祈願のお蔭で眼の病気も治り、92歳まで元気に過ごされた由。
前田圭史と亡き父とは生前に親密な交流があり句集も何冊か我家にある。
レンズが涙で濡れてピンボケです。ピンボケも写真俳句には大切ですね。    塾長

お茶湯にいろは紅葉の薬師かな  塾長

眼の悪い人がお参りするお寺(一畑薬師寺)
一の畑で取れたお茶湯で眼を洗うと効用がある寺として有名です。
ピンボケで眼がかすんでいます。
もう一度一畑薬師へ行かないといけませんですね。

弁慶の修行の鐘や曼珠沙華   塾長

鰐淵寺(出雲市平田町)の弁慶の銅鐘
この寺は弁慶が修行をしたお寺である

秋の海テトラポットも静かなり  塾長

秋の海テトラポットも静かなり  塾長
道の駅キララ多伎にて(9月17日)

もの影のごとくに鮭のさかのぼる   阿部慧月

もの影のごとくに鮭のさかのぼる    阿部慧月
    季題・鮭(今でもかような光景が見られるのでしょうか?)

2008年9月16日火曜日

何気なく俳句に嵌る虫の闇  塾長

何気なく俳句に嵌る虫の闇  塾長

万葉の犬養節や月鈴子   塾長

万葉の犬養節や月鈴子   塾長

いま昭和八十三年虫の夜  塾長

いま昭和八十三年虫の夜  塾長

虫の夜の鈴虫というおくりもの  塾長

虫の夜の鈴虫というおくりもの  塾長

安平けく安来の海や鯊日和   塾長


安平けく安来の海や鯊日和   塾長

What is haiku ?    高橋裕司

 俳句はその時々の「こころ」が主体となって、対象がどう反映されるかを表現するものとも言えますね。
俳句を始めて日の浅い私ですが、結構楽しんで自分なりに作句しております。脇本塾長に添削してもらうと、感情なり自然をただ直載的に述べてもいい作品にならないことに気がつきました。「奥行き」「暗示」「諧謔」「比喩」などをうまく織り込むことによって芸術性が高まるのでしょう。それには、年季と「心の鍛錬」が必要なようです。
 和歌の世界では、「万葉集」と「新古今和歌集」を比較すると、前者は”詠み人知らず”の歌も多くストレートに心情を表現するのに対し、後者は教養ある貴族、僧侶の歌が中心で技巧に凝ったものが多いと言われております。いい悪いではなく好みでしょうね。
 建築の世界での質実剛健な「イオニア式」に対して、華麗優美な「コリント式」。ミュージックでの「民謡」と「前衛音楽」などがあるように、芸術は素朴なものが、洗練されたり修飾されたりして変化してゆくものなのでしょうか?
 いずれにせよ、「作者が感動しないものは、鑑賞者を感動させることはできない」というのが芸術の本質だと思います。
 仏教の考え方に「依正不二(えしょうふに)」というものがあります。「正報(わが身)と依報(わが身以外の一切の対象物)は二つであるが分離不可能な一体である」という捉え方です。正報に応じたものしか依報として現れないということです。分かり易く言えば、「苦悩に落ち込んでいる時に、どんなに素晴らしい自然、人間に遭遇しても、その人に対しては、その対象物は苦悩の側面しか表わさない」「自分が怒っていれば、他人も怒りで対応する」。またその逆も真なりです。
 こういう考え方から、心のステージをレベルアップして自然、人間を観察し、それを写真とか俳句に表現できたらばいいなと思っております。

俳句について思う    岩間雁宕

 俳句は心のバロメータ最近の医学用語で「心のケアー」なる言葉を耳にする。最近、下手ではあるが一日一句作りを心掛けているが心の乱れや悩みごとが有る時はすんなりと言葉が見つからない。
 俳句は複雑である。
 季語を基幹にして目に浮かぶ情感、訴えたい気持ち、感動を三次元的に表現しなければならない。それを追求すると、心の動揺や雑音があってはならない。
 そのような日は年に数日しか無いような気がする。人間は感情の動物である。
人一倍多感な自分には貴重な時間でもある。
 芭蕉の俳句を詠むと、凡人に無い透き通った心・広大な環境を感じる。現代の汚れた環境を知っている我々では芭蕉のような句は難しいような気持ちになってしまう。
 極論し一言で俳句を表現するならば「心」ではないのではなかろうか。良い俳句が出来ない時は、ひとつのバロメータとして無の心境を求めて自分自身で心のケアーをするようにしている。
 最後に苦言になるかもしれないが、俳句にはマニュアルも優秀作を選ぶ選者も必要無い。それはいかに多くの人に感動を与えるかでは無いのではなかろうか?一人、二人の選者では無い。
 小生の先生が作った句で「白(はく)牡丹無垢の命の重さかな」は分かり安く多くの人に感動を与える句である。
還暦を迎えた歳になると友人、知己に娘さんの結婚の報を受けることが多いが、そのお祝いには必ずこの句を贈るようにしている。人によるが娘さんの父親から牡丹を見ると涙が出るよとの言葉を頂く。偏見と俳句の真髄を逸脱した考えを恥じながらの一筆である。

再会も叶わずひとり秋の雲   塾長

再会も叶わずひとり秋の雲   塾長

秋刀魚焼くきのふも今日も隣かな   岡村柿紅

十六夜を閉ざすこころのひとのあり  塾長

十六夜を閉ざすこころのひとのあり  塾長

雁来紅いのち短し恋せよ乙女  塾長




十六夜やメールアドレス整理して  塾長

十六夜やメールアドレス整理して  塾長

十六夜の日からメールをやめました  塾長

十六夜の日からメールをやめました  塾長

2008年9月15日月曜日

十六夜や人の別れも突然に   塾長

十六夜や人の別れも突然に   塾長

ひと駅の列車通学稲の秋   橋本風車

ひと駅の列車通学稲の秋   橋本風車

十六夜の群雲祓う大宇宙   高橋裕司

十六夜の群雲祓う大宇宙    高橋裕司
北海道旭川の十六夜(高橋裕司:撮影)

十六夜やをさななじみのメール消し  塾長

今夜 ――― 今年の十六夜は、天文学上の満月になっているらしいです。 ...
十六夜やをさななじみのメール消し  塾長

宇宙より零れし吐息流れ星   石橋玲子

宇宙より零れし吐息流れ星   石橋玲子

距離と時間を少し置く鯊の秋  塾長

距離と時間を少し置く鯊の秋  塾長

敬老の日やバームクーヘンテイータイム  塾長 

敬老の日やバームクーヘンテイータイム  塾長 

一人行く無月の道のくらからず    皿井旭川

 一人行く無月の道のくらからず    皿井 旭川 
   季題・無月(曇りのため名月は見えないが空が明るいのをいう)

濱風に松もさわやか空の秋  塾長

濱風に松もさわやか空の秋  塾長
兵庫県 浜坂港の松林

青空へ青空へ咲く花擬宝珠  塾長

擬宝珠の花

群雲にポーンと顔出す小望月  塾長

群雲にポーンと顔出す小望月  塾長
鳥取県国道9号線赤碕道の駅から見る小望月(9/14)
昨日は、各地で運動会がありました。
運動会晴れて安堵の小名月  塾長

さざれ石のこころ伝へし百日紅   塾長


さざれ石のこころ伝へし百日紅   塾長

日覆の砂丘や馬のごんたくん  塾長

鳥取砂丘の遊覧馬車を引くごんたくん

梨園の木漏れ日まぶし妻の膝  塾長

鳥取砂丘の二十世紀梨の園内

清貧の夢千代像や薄紅葉   塾長

兵庫県 湯村温泉 春来川に建つ夢千代像(吉永小百合)
吉永小百合さんの小さい手

馬の背の砂丘の海や蟻の列   塾長

鳥取砂丘

2008年9月14日日曜日

哀哀父母秋も半ばの海の雲    寺井谷子

哀哀父母秋も半ばの海の雲    寺井谷子

波うって唐黍の丘刈られけり   高橋裕司

波うって唐黍の丘刈られけり   高橋裕司
北海道 美瑛 唐黍の丘陵地

2008年9月13日土曜日

唐紙を開けば月の真葛原 有馬朗人

葛の花

2008年9月12日金曜日

昼の虫グラウンド・ゼロの祈りかな  塾長

グラウンド・ゼロ

虫の夜の堀を照らして水燈路  塾長

虫の夜の堀を照らして水燈路  塾長
松江の水燈路

伊勢海老や墨に五彩の髭の線  塾長

伊勢海老や墨に五彩の髭の線  塾長

父母亡くておはぎ作りし夜の長き 吉野 雅子

父母亡くておはぎ作りし夜の長き 吉野 雅子

階に身を乗り出して萩の花  塾長

ハギ(萩)/花言葉:思い・思案
階に身を乗り出して萩の花  塾長

汚染米の強制捜査や稲を刈る  塾長

汚染米の強制捜査や稲を刈る  塾長

2008年9月11日木曜日

事故米の食料テロや菊の日に  塾長


事故米の食料テロや菊の日に  塾長

風船唐棉見ているいのちかな  塾長

風船唐棉(フウセントウワタ)/花言葉:心変り
ニューヨーク九月や同時多発テロ  塾長

仏壇に置きし柘榴の光りけり    伊藤 道明

仏壇に置きし柘榴の光りけり    伊藤 道明


2008年9月9日火曜日

菊の日や山古志村の牛相撲  塾長

菊の日や山古志村の牛相撲  塾長

秋の暮「ばんじまして」の出雲人  塾長

秋の暮「ばんじまして」の出雲人  塾長

「ばんじまして」は出雲の方言で、「万事暮れまして」が略されたもので、「こんばんは」とは違う微妙な出雲人の挨拶である。

「だんだん」は結びのえにし秋の海  塾長

稲佐の濱
「だんだん」は結びのえにし秋の海  塾長
「だんだん」とは出雲の方言でありがとうの意味 。

匂いと色に誘われて秋の蝶  塾長

匂いと色に誘われて秋の蝶  塾長

狂いだす辞任倒産秋遍路  塾長

狂いだす辞任倒産秋遍路  塾長

秋澄むや松を離るる鳶の笛  最上 義満

秋澄むや松を離るる鳶の笛  最上 義満


菊の日や風入れかはる空の色  塾長

金光菊

2008年9月8日月曜日

名月を楽しみにして芋水車  塾長

名月を楽しみにして芋水車  塾長

菩提寺の参道に待つ桔梗かな 塾長

キキョウ(桔梗) :花言葉(優しい温かさ,変らぬ愛,誠実)

とんぶりを食ふ山旅のコップ酒  皆川 盤水

とんぶりを食ふ山旅のコップ酒  皆川 盤水
季題・とんぶり(箒草の実、水につけて保温した発芽前のもの。 
  普段は長芋や納豆に混ぜたり、酒の肴にする。陸のキャビアとも)

戦国の古戦場に生る葡萄かな  塾長

戦国の古戦場に生る葡萄かな  塾長

2008年9月7日日曜日

千日紅洞貫川に咲きつづく  塾長

センニチコウ(千日紅) 変わらぬ愛情・永遠の命
千日紅洞貫川に咲きつづけ

虫すだく八雲の愛でり石狐  塾長

城山稲荷神社の石狐 (小泉八雲が愛した石狐)

昼の虫鳴くだけ鳴かせ廓跡  黛まどか

廓跡(くるわあと) 

邯鄲を山中御殿に聞いてをり  塾長


富田城(とだじょう)大手門
邯鄲(かんたん)

山中御殿跡(さんちゅうごてんあと)

2008年9月6日土曜日

お遍路が一列に行く虹の中  渥美清

お遍路が一列に行く虹の中  渥美清

雨上がる金波銀波の薄かな  塾長

ススキ(薄):花言葉・活力

2008年9月5日金曜日

きらきらと白金葭の盛りかな  塾長

名 称 パンパスグラス(白金葭):花言葉 風格,歳月

山寺の色なき風に父祖の声   最上 義満

山寺の色なき風に父祖の声   最上 義満
季題・色なき風(秋風のこと)、山寺(山形市にある立石寺)

ひぐらしは坊さんの生れかわりか  渥美清

ひぐらしは坊さんの生れかわりか  渥美清
下五の発想がいい。

2008年9月4日木曜日

遠くでラジオの玉音焦土赤く  岩間雁宕

二重橋

赤とんぼ渥美清は詩人だつた  京羅坊

赤とんぼ渥美清は詩人だつた  京羅坊

赤とんぼじっとしたまま明日どうする  渥美清

赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清(俳号:風天)
三木露風の童謡「赤とんぼ」を思い出す。三番の結び。「……、とまっているよ、竿の先」。掲句の作者も見ているように、よく赤とんぼ(だけではないけれど)は、秋の日に羽を光らせて「じっとしたまま」でいることがある。休息しているのだろうか。が、鳥のように羽をたたまずにピーンと張ったままなので、緊張して何か思案でもしいるような姿に写る。露風の詩はここまでで止めている(この詩が、露風十代の俳句を下敷きにしていることは以前に書いた)が、掲句はもう一歩踏みだしている。お前、明日はどうするんだい。そう言ってはナンだが、何かアテでもあるのかい。この優しい呼びかけは、もとより自身への呼びかけである。お互いに、風に吹かれて流れていく身なのだからさ。と、赤とんぼを相棒扱いにして呼びかけたところに、露風とはまた違う生活感のある人間臭い抒情味が出た。作者は、ご存知松竹映画「『男はつらいよ』シリーズ」で人気のあった寅さんだ。いや、寅さんを演じた役者だ。渥美清は、俳号を「風天」と称していた。「フーテンの寅」に発している。掲句は朝日新聞社発行の雑誌「アエラ」に縁のある人々の「アエラ句会」で披露された45句のうちの一句。熱心で、句会には皆勤に近かったと、亡くなった後の「アエラ」に出ている。このことを知ると、どうしても「寅さん」が詠んだ句だと映画に重ね合わせて読んでしまう。止むを得ないところだが、しかし、そういうことを離れて句は素晴らしい。「どうする」の口語調が、とりわけて利いている。この秋の赤とんぼの季節も、そろそろおしまいだ。「明日どうする」。どうしようか。
「アエラ」(1996年8月19日号)所載。(清水哲男)

秋の海インドの「タタ」の車かな  塾長

インド「タタ自動車」 29万円 一台欲しいですね。塾長

穏やかな弁慶草の花ことば  塾長

弁慶草(べんけいそう)

入道が鰯に変はる雲の秋  宇田川清江

 NHKラジオ深夜便
  「ラジオ歳時記 四苦八苦」より 
 鷹羽狩行 「狩 主宰」 添削 
 塾生 宇田川清江アンカー

 「俳句作品」
 入道が鰯に変はる空の秋 (原句)
 入道が鰯に変はる雲の秋 (添削)

仏壇に日射しの届き梨ふたつ  松林 慧


鳥取県の二十世紀梨

2008年9月3日水曜日

水槽の金魚やメタボ注意報  京羅坊

メタボ注意報(金魚の巻)

パソコンや鳥の昂ぶる夏至の朝   中島閑弟子

パソコンや鳥の昂ぶる夏至の朝   中島閑弟子(なかじまかんていし) とは、中島誠之助の俳号(閑弟子:かんていし)です。楽しい俳号のお宝見本のようです。 塾長

雲海も秋の朝焼仁王門   塾長

枕木山(まくらぎさん)の山頂からの朝焼の雲海
 標高456mの高さから南側を見ると、山陰を代表する汽水湖「中海」を一望。中央にぽっかり浮かぶ大根島、鳥取と島根の県境を結ぶ夢の架け橋「江島大橋」、「境水道大橋」、そして西には宍道湖、北には日本海に、晴れていれば隠岐島までをも確認することができます。山頂へと続くドライブウェイを使えばアクセスも便利で、遮るものが何もないもない大迫力のロケーションは、地元民ご推薦の穴場。空気の澄んだ早朝や、水面がオレンジに染まる夕景が特にオススメの時間帯です。山頂近くの古刹「華蔵寺(げぞうじ)」は、臨済宗南禅寺派の末寺で、延歴22年(903年)の創建された禅宗の古刹。参道を登ると最初にたどり着く仁王門で目にする金剛力士像は、運慶の作といわれ、祭礼の時には2歳児の無事成長を祈る「またくぐり」の習わしがあります。老木のおい繁る境内には、本堂をはじめ、観音堂、開山堂、薬師堂、仁王門など多くの建物が並び、なかでも薬師堂の薬師如来坐像は藤原時代初期の傑作といわれ、国の重要文化財に指定されています。

秋風にレンゲショウマの開きけり 京羅坊

レンゲショウマ: 花言葉 伝統美  

秋風やひとさし指は誰の墓  寺山修司

秋風やひとさし指は誰の墓  寺山修司

休暇明勇気を持つてゆつくり行け  塾長


母の忌の宵のまろび寝ちちろ虫   古賀 まり子

母の忌の宵のまろび寝ちちろ虫   古賀 まり子
季題・ちちろ虫(こおろぎ)、まろび寝(うたたね)

2008年9月2日火曜日

またも辞任騒動穴に入る蛇  京羅坊

首相官邸

蜚蠊を踏んで入院腰の骨  京羅坊

 近所のおばあさんが、スリッパを履いた状態で蜚蠊(ゴキブリ)を踏んずけたとたん滑って腰の骨を折り、救急車で病院にはこばれました。蜚蠊は、別名油虫なので油で滑りますので要注意です。

鮮烈なるダリヤを挿せり手術以後  石田波郷

ダリヤ・花言葉(優雅、移り気)

踊りの手ひらひら進み風の盆   福田 蓼汀

踊りの手ひらひら進み風の盆   福田 蓼汀
   季題・風の盆(富山県八尾町で毎年9/1~3まで行われる行事)

仲秋や波郷あき子の見舞籠   塾長

見舞籠
俳人石田波郷が、病床で編んだ妻あき子の句集「見舞籠」

2008年9月1日月曜日

コピペなどに負けぬ鈴虫列車かな  塾長

鈴虫列車

密かな布袋葵の愛の薗  京羅坊

布袋葵(ほていあおい):花言葉・密かな情熱

またも上陸かニューオリンズも厄日かな  塾長

ハリケーン「グスタフ」に備えるニューオリンズ

海の秋カニかご船の出港す   塾長

「ベニズワイガニ」のかご船:本日解禁・境港を出港する。

向日葵の実の黒々と震災忌  塾長  

向日葵の実

川全て鮭の光となりにけり   佐藤 緑芽

鮭の遡上